「60年前の出産風景」
僕は1年以上毎月84才の女性の方を拝見しています。大抵途中で寝てしまわれるのですが、今日は珍しく起きていらっしゃったのでお話しをしまして、話しはご自身の出産のことになりました。
この方(仮にKさんとします。)は、岐阜の関市から車で30分ほど奥に行ったところのK地区のご出身で、最初のお子さんは里帰り出産をされたとのことです。時は昭和30年前半。おおよそ60年前のことです。話しは里帰りされて、もうすぐ予定日と言うところから始まります。
11月も後半になったある日、産婆さん(当時はだいたい各村に一人の産婆さんがいらした。)がいらして、 「明日はエビスさんの日やで縁起がええから、明日産んだらええやん。」とニコニコしておっしゃったそうで、お母さんもそれを聞いて、すぐに 「うん。そうやそうや、それがええ。」と大きくうなずいたそうです。それを聞いたKさんはすっかりその気になって、「よし!わたし明日産むわ。」と決心なさったそうです。(あえて、会話は岐阜弁で書いておりますのでご容赦のほどを...。)
さて翌日の昼過ぎ、Kさんはだんだんとお腹が痛くなりついに陣痛が来ました。「ほんとに来たわ。」と思ったそうですが、たまたま家には誰もいず、どうしたものかと思っていたら、そこに自転車に乗った郵便屋さんが配達にいらっしゃいました。Kさんはすぐに産婆さんを呼んできてほしいとお願いすると郵便屋さんはすぐにもと来た道を戻って呼びに行ってくれたそうです。
ほどなくして、産婆さんはスクーターに乗って走ってきたそうで、そのまますんなりと元気なお子さんをお産みになられました。産婆さんは郵便屋さんがいらしたときには先に産んだお子さんを産湯にいれられていたそうですが、とるものもとりあえずスクーターに飛び乗っていらしたそうです。スクーターなのは、K地区は山村なので坂が多くて自転車ではくたびれてしまうのでスクーターであちこち行かれていたとの事でした。
村の中にはお産で苦しんだ人はいなかったのかが気になったのでうかがうと、「みんなよー動いとったし、さっと産むのが当たり前だと思っとったからね。やから大変だった人はおらんかったなぁ。」とKさんは人懐っこいお顔に満面の笑みを浮かべて話してくれました。
昔の人のお産は~とものの本に書いてあったりしますが、実際にお話しをうかがうといろいろみえてきます。Kさんの話しにはいろいろ参考になることが多くふくまれています。何が含まれているかは読まれた方によっていろいろ思うことがあるでしょうから、敢えてここでは申し上げません。
60年前の岐阜の山村でのとある風景でした。